遠くのこだま

日々のあれこれ写真日記

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医療費負担割合


夏に弱い体質のため、7月~9月の3ヶ月間実家の手伝いを免除してもらっていましたが、今月から再開。
久しぶりに介護帰省してきました。

老齢のためなのか薬のせいか、よくわかりませんが、父も母も本当によく居眠りすること。(笑)
でも他には特に悪化したところはなく、まあまあ元気に過ごしていました。

介護保険制度の改正による医療費等負担割合の見直しが8月から施行されて、1割だった父の医療費負担は私たちと同じ3割になりました。
ちなみに9月の父の医療費+薬代は3割負担で80000円超え。自家用車に乗れなくなっているので車椅子のまま乗れる介護タクシーによる送迎に13000円かかって合計93000円……高額医療費の返金があるとはいえ、やはり高くなったなーという実感はあります。

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市の行政機関からの紙オムツ代援助もなくなりました。

今現在でこれだもの。団塊世代が80歳代になった頃にはどうなるでしょう。
高齢者医療制度も介護保険制度も破綻していないといいけど。
老後ってやはりお金がないとたいへんなことになりそうですね。

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彼岸の墓参


今日は彼岸の入り。
例年どおり、琵琶湖西方面にある夫の実家のお墓へ行ってきました。

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広い霊園内の目指す墓地まで、今までは花とバケツ、柄杓を持って歩いて上って行ったのですが、今年から園内巡回車を利用するようになって、あまりのラクチン快適さにもう手放せない気がします。(笑)
まだ五十代でこんなありさま。(^^;) 人間、一度らくを覚えるといけませんねー。

大阪府の自宅から確かにかなり距離はありますが、京都駅で乗り換えてJRの最寄り駅にさえ来ることができたら、あとは駅前に霊園行きの無料送迎バスが待っていて社務所まで連れていってくれる。
そこでお花も買えるし、休憩所も食事できる部屋もある。もちろんトイレも。
社務所から一歩出ると駐車場に園内巡回車が停まっていて墓地の番号を言えばいいだけ。帰りもきれいな藤棚の前で待っていると巡回車に拾ってもらえる。
健康でいられたらの話ですが、おそらくかなりの年齢まで墓参は続けられるのではないかと思っています。また続けなければね。
子供のいない私たちには代わりに行ってくれる人がいないから。


お盆には実家へ


夫の夏休みが終わって、いつもの日常が戻ってきました。
熱帯夜じゃない日が一日だけあって、気持ちのいい朝の寝覚めにほっと一息。
残暑も厳しいらしいので快適な日々にはまだまだ遠そうですが、夜半に時々蟋蟀が鳴くようになりました。

お盆は暑さにバテバテだったので、夫婦で出かけずお互いに自分の実家へ顔を出して仏壇に手を合わせてきました。
13日がちょうどデイサービスだった父には会えなかったけれど、母が二年ほど前の夏よりは少し元気そうだったので安心しました。
介護でしんどいなりに一定の生活のリズムができていて、母も妹も慣れたのだと思います。


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私のためにわざわざ銀座千疋屋の蜜柑ジュース(東京の叔父のお土産)をあけてくれたのですが、一口飲んでバヤリースオレンジ??と言ってしまいました。すんまへん。(^^;) まー、私の舌なんてしょせんそんなものです。


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長いこと「栓抜き」というものを使っていないことに気がつきました。
自宅へ戻ってキッチンの引き出しをごそごそ探ったら、奥の方にそれでも一つ残っていましたが、ほとんどの商品がくるくる回してあけるキャップに変わってしまった昨今、出番がくることがあるでしょうか。 久しぶりに瓶ビールでも買うかな。

父の日


父の日の贈り物は衣類にしました。
と言っても「よそ行き」の格好のいいものではなく、パジャマや下着も混ぜた限りなく実用的なもの。
父にとっての外出先は病院かデイサービスセンターしかありませんから。

手持ちのTシャツの色やサイズ、増やしておきたい下着など妹から聞いて、通販のカタログからササッと選んでネットで注文完了。
デパートなどへ出かけて行ってああでもない、こうでもないと時間をかけて探していた頃に比べてものすっごくらくちん。
手抜きしているみたいですが、実はサイズ在庫の問題なのです。
2Lや3Lはあっても、5Lなんていうサイズはなかなか置いてもらえないみたいです。
その点、通販はすばらしい。だいたいいつも7Lまでそろってます。

昨日届いたという連絡があって、父とも少し話しました。
この夏に着るそうなので、「じゃ、それ着てがんばってデイサービス行くんやで」と言うと、デイが嫌いで何かと理由を見つけては休みたがる父は、「うー」と困ったような声を出しておりました。(笑)



↑ 父が通所しているデイサービスセンター
大型の車椅子によるマイクロバス送迎なので、からだはらくそうです。
朝「行ってらっしゃい」と見送りに出ると、バスの中からものすごく手を振ります。(;´∀`)



便利なサービスは利用しよう


病状が落ち着いている間は父の介護手順も基本的に変更なしですが、血糖値の推移によりインスリンの単位数をはじめ内服薬の増減や療法士さんの入れ替わりなど細かい変化は出てきます。


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これは大きな自然災害発生時に、動けない父を見に来てもらって、必要なら避難させてもらうための手続き書。
体重が重くて母と妹では父の体を動かせないことが先日の転倒騒ぎで確認できたので、こういうサービスはありがたいです。
と言っても、市内に動けない老人はいっぱいいるはずですから、父のところへ何番目に来ていただけるか……(^^;)
間に合わないという状況も一応覚悟しておくべきだそうですが。
他に、病人の様子が普通ではなさそうなのだけれど…という時、いきなり救急車を呼ぶ前にここへ連絡して指示をもらうことができるのは心強いと思います。


糖尿と腎臓と高血圧、3種類の食事制限(特に塩分とたんぱくしつ制限)に加えて嚥下障害もカバーできる献立を考えるのに四苦八苦の上、母も好き嫌いが多く食も細いため、食事作りにはかなりのプレッシャーを感じます。
もちろん市販の介護食も刻み食のお弁当配達も利用しています。

先週水曜日の父のお弁当はこんなメニューでした。

海老のオーロラソース
豚ロース焼きのしょうが風味
枝豆と魚すり身団子(豆乳入り)
キャベツのコンソメ煮
大根の紫芋酢

おいしそうでしょう?(笑)
品数も多いし、手が込んでそうだし、こんなに作るのたいへんだろうなぁって思います。
で、お弁当のふたを取ると……



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こんな感じ。
いつも細かく刻まれていて(時々何の料理だかわからないくらい)、ほぼすべてに「とろみ」がつけられています。

最近父は残さずに全部食べます。
私や妹が作ったおかずは固いものがあったのか飲み込みにくいのか、時々残しますが、介護食のお弁当はいつも完食です。
もう、「おいしそうな見た目」にこだわるなんてレベルは通り越したんだと思います。ストレスなく喉を通っていくことが一番なんでしょうね。
やっぱりプロの仕事は違います。

今月の帰省


一つ前のお花見の記事から一週間。
自宅を空けていたせいもあり、桜がずいぶん遠い記憶になってしまいました。
滋賀の実家の姥桜もそういえば風雨にあたってはらはらと地面に花びらを散り敷き、それを目にしていたのですが、さしたる印象がないのは父の介助や食事の支度で常に時間を気にしながら用事を追いかけていたからかもしれません。

命が危なかった昨年末の緊急入院から三ヵ月余り、病状は一応落ち着いてはいますが、ますます体が動かなくなりました。と言うか動かそうとする意欲がまったくありません。安楽椅子に深く腰掛け、オットマンに両足をのせて、ひたすらじっと横たわるような姿勢でほとんど眠っています。朝、無理やり起こして着替えをさせて居間に連れてくるのですが、実質寝たきりに近い状況。
リハビリ担当の理学療法士さんも「だいぶ体力が落ちました」と最近は歩行器を使っての外歩きも父にノルマとして課すことができないみたいです。
こうやって少しずつ、でも確実に弱っていくのでしょうね。

体を動かすのを億劫がる父の身体介助はこちらも腰に負担がかかって、妹が今回かなり腰をいためていました。
父が入院していた病棟の看護師さんに聞いたのですが、二十代の若い看護師さんたたちもほとんど腰はコルセットだそうです。自発的に動かない人の体って痩せてみえる老人でも相当な重量なんですよね。
ましてや父は78kg。(←これでも入院前より体重は落ちた( ゚Д゚) 
上げてくれない足を浮かせるように持ち上げて靴下をはかせる時など、自分の腰がヤバイぞって感じになります。(^^;)
でも、インスリン注射には慣れて、かなりてきぱきこなせるようになりました。もう失敗はありません。
ただし血糖値測定用の針穿刺の方はうまくコツがつかめていなくて、まだ苦手……



父が週に一日だけデイサービスに行ってくれる木曜日のお昼、母と妹と三人で外出。
フレンチレストランで妹の誕生日のお祝いをしました。



お彼岸の霊園


お墓参りしてきました。比叡山・延暦寺霊園。
最近滋賀県にばかり行ってる気がします。

ぼんやりした霞み空+携帯カメラでひどい写真ですが ↓


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4月下旬の気温だったらしく、スプリングコートすら脱いで手に持つような日でしたが、遠く山の頂にはまだ雪が見えました。
暑いし上り坂も階段もキツイので、花を買ってバケツと柄杓を借りた後、初めて霊園内巡回バスに乗ってみました。
マイクロバスで上に登っていくのですが、運転手さんの方から次は「光明」だとか、「解脱」へ入っていきますが下りる方いますか?とかお墓の通り名で聞いてくれたり、参拝者の方から「藤棚の前で止めてください」とか声をかけてその都度止めてもらいます。乗り合いタクシーみたいでしたが、からだはずいぶんラクでした。もっとトシを取ったら使うだろうなと思っていましたが、五十代にしてすでに…(;´∀`) 
お彼岸ではいくらなんでも桜はまだ開花していなくて、膨らんできている蕾を見るだけ。
一度満開のときにお花見に来てみたいです。



〇〇年ぶりの通学路と学校


1月は「行く」2月は「逃げる」3月は「去る」。
年明けから春までの早いこと。あっという間に3月も去っていきそうです。

滋賀から戻って二日目。大阪の自宅にいると時間の流れが緩やかに感じられます。
父に手がかかる割合がどんどん増えてきているので、もう少し帰省頻度を増やすべきかと思案中。



先週、家事と介護の合間にぽっかり時間があいたので地元の小学校まで歩いてみました。
いつ以来? 思い出せません。40年以上かな。



blog150316-1.jpg大人の足でも15分以上かかるので、低学年の頃はけっこうきつかったかもしれない徒歩通学。
いつだったか、一人の帰宅途中ににわか雨が降ってきて、新幹線の高架の下で雨が止むのを待っていたことがありました。
空が暗くなってきて雷も鳴って、怖かったけど泣くまいとこらえていた日の心細さを思い出しました。
せっかく怖い思いをして雨宿りしてたんだから、完全に止むまで待っていればよかったのに、少し雨脚が弱くなった時点で耐えられずに飛び出して、家に着いたらびしょびしょの濡鼠。(笑) 3年生くらいだったかなぁ。




blog150316-2.jpg私が通っていた頃の木の校舎はもちろん残っていません。
正門の雰囲気も変わっていて、当時の面影は見つけることができませんでした。





blog150316-3.jpgたった一つ、幾体かの子供の像の端っこに見覚えのある銅像が……。
二宮金次郎さん、当時はほとんどの小学校に彼がいたんじゃないでしょうか。
ただし、これが私が通っていた時代の校舎中庭にあったものと同一かどうかはわかりませんでした。
門扉はしっかり閉じられ「関係者以外立入禁止」の看板。近づくこともできません。




校舎のまわりをぐるりと回って金網越しに運動場を見ていたら、体育の先生なのか用務員さん(←昔の言い方しか知らなくて)かどうかわかりませんが、刺すような視線。不審者を疑われているのでしょうか。
「いえいえ、私はここの卒業生で、県外へ嫁ぎましたが里帰り中の今日、懐かしくなって校舎を見に来ているだけなんです。怪しい者ではありません」なんて聞かれてもいないことをこちらから宣言するわけにもいかないし、すぐに校舎から離れました。
池田小学校事件をはじめ、誘拐や通り魔など物騒な世の中になっていますから学校としては警戒を怠るわけにはいかない時代なんでしょうね。充分わかってはいるんですけれど、ちょっと気まずかったな。
懐かしくてややほろ苦い40年ぶりの訪校でした。


滋賀へ


父が嚥下障害になってから、献立を考えるのが一苦労です。
加えて腎臓病と糖尿病の食事制限もあるので、食べられるものの選択肢がぐっと減ってしまって…。
食卓をいっしょに囲む以上、父だけがあまりおいしそうでない制限食なのに他の家族のお皿にはきれいな色のおいしそうなものが並んでいるというわけにもいかず、かといって健康体の家族が父と同じ献立では栄養不足です。
そう差がないような皿数と見た目で、父の食べる物は食べやすい大きさ(刻み食のように細かければいいというものでもないようです)にして、柔らかくして、とろみをつけて……時には専門業者からお弁当を届けてもらうようにしています。
献立の相談、最近はスマホで妹と互いに顔を見ながらできるようになりました。
LINEのビデオ電話、スグレモノですね。
大阪にいながら滋賀の実家の居間で寝椅子にいる父の顔も見られるし母の声も聞こえます。
ただ、顔が異様に大写しになるので(笑)、スマホをある程度顔から離して会話しますが、そのうち伸ばしたままスマホを持っている手が疲れてくるので、長話には向かないかもしれません。



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咲き始めたクリスマスローズ”ルーセブラック”
開いた途端、今日は強い雨に叩かれています。
明日からしばらく実家なので面倒みてやれないけれど、戻ってくるまで散らずに待てるかなぁ。

出発する明日は真冬の寒さ、でも週間天気予報では戻ってくる土曜日には16℃もあると言っていました。
かさばるダウンコート、着ていくべきか迷いますね。

では、今週もお元気で。(^o^)丿




父の介護


一週間ぶりのブログ更新ですね。(^_^;)

先週は火曜から土曜まで滋賀にいました。父の退院後初めての帰省。
老衰が進んで何をするにも介助が必要になってきているので、妹に教えてもらいながら、起床→着替え→トイレ→注射→食事→投薬……と就寝までの一日をほぼカバーできるように介助のやり方を練習してきました。

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一番気が重かった血糖値測定とインスリン注射の穿刺。
ペン型の注射器3本で、朝昼夜の合計が一番多い時で一日に7回父の皮膚に針を刺すことになります。
実家にいる間ほぼ毎回私が担当し、隔日で行なう朝昼夜の血糖値測定の針刺し(手前の白いペン)では、父の指から血が出にくくなっている(度重なる注射で血管がこわばっているようです)こともあって、まだ血が採れずに失敗する時があるのですが、インスリン注射(青いペンは朝昼夜、グレーのペンは夜だけ)は数をこなした分、帰る頃にはほぼマスターした感じです。初めての時には注射器を持つ自分の手が緊張でブルブル震えていたんですけれどね。(笑)


気づいたのは介護って中腰の作業がいかに多いかということ。
特にトイレ介助は狭い空間でたいへんでした。立っていられなくてどさーっと便座に座る父の足元でパンツ型のおむつをはかせたり後ろ向きにして背後から父の体が倒れないように支えつつ下着を上げたりすると自分の腰へのダメージがかなり強い。
まぁ、父の体重がとても重いことも原因の一つなのですが。(>_<)

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介護ベッドの昇降リモコン。これ、本当にありがたかった。
起床時、父の体を起こすのにこれがなかったら腰がもたなかったかも。


大阪の自宅へ戻ってから、教わったこと・注意点をノートに書きだしていたら、一気に15ページ埋まりました。
はたしてこれを全部おぼえていられるでしょうか。
来月また一からおぼえ直しだったりして…(^_^;)

介護帰省次回の目標は、今回習ったことを正しく手際よく実践することです。
「今日は私がお父さんのこと全部みるから、好きなことしたら?」と母と妹に言える自信がついたら、合格かな。
物覚えが悪いし不器用だし、なかなか完璧にはできませんが、やる気だけはあります。


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