遠くのこだま

日々のあれこれ写真日記

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読書メモ






在宅でどのあたりまで可能なのだろう。
それとも最後の最後はやはり病院へ搬送されて臨終となるのだろうか。
ぎりぎりまで在宅でいるためのお守りみたいなもの―ー家族がいない老後に、たとえば「点滴」「吸入器と吸引器」「痛み止めなどの持続皮下注入器」を操作してくれる人や環境をどうやって整えるのか。
まだ先のことではあるけれど、知っておきたいこと、わかっていなくてはいけないことは限りなくありそうです。




長いお別れ
中島 京子
文藝春秋
2015-05-27



「小さいおうち」以来注目している中島京子さんの最新刊は、介護を通して重なり合っていく夫婦・親子の愛情の物語。
「長いお別れ」と題されたように、十年という年月かかって少しずつ記憶を失くし、ゆっくり遠ざかっていく認知症の父親との死別が過剰な感傷を排してきりりと現実的に、また時にユーモラスに描かれていくのが面白く、読みやすかったです。
感情の波はあるけれど、介護の日々のすべてが悲惨な面ばかりではないし(もしそんなだったら誰も完遂できないと思う)、笑いも驚きも心配も満足も後悔も……当たり前のいろいろな感情が渦巻いているのがごく普通の家族の介護生活だと思います。
何曜日がデイサービスで、訪問看護で入浴日で…と曜日ごとにけっこうあるイベント(?)をふうふう言いながらなんとかこなしていく老人とその家族の様子や、デイの送迎の時の雰囲気など実家の今の生活とあまりにも似ていて、ため息が出るような、可笑しいような…親近感。


[ 2015/08/23 16:04 ] 読書 | TB(0) | CM(2)
そよこさん こんばんは。

わが家もいずれどちらか一人になるので、どのくらいまで在宅で可能なのかは知っておきたいし、準備しておかなければと思います。
以前、お隣に住んでらした独り暮らしのお婆さんは、当時83歳でお元気でしたが、腰の具合が芳しくなくなったとき、いろんなことが自分でできるうちにと老人ホームへ引っ越して行かれました。

「小さいおうち」は私も好きな作品だったので、これは読んでみたいです。
本格的な自宅での介護はしたことがないのですが、姑が要介護になったときのことを思い出します。
ケアマネさんとの定期的な打ち合わせがあるとはいえ、毎日通ったりしていたわけではないので、介護のうちには入らないのですが、デイサービスやヘルパーさんを受け入れてもらうまで、かなり手こずりました(^_^;)
そよこさんのお父様の介護は、ほんとうに頭が下がります。
ご実家の雰囲気が、この本のようであることは、きっと良い事なのかなと思います。
むしろ いろいろな感情が無くなり、悲惨な面にばかり囚われてしまうことの方が怖いことでしょうね。

[ 2015/08/23 22:49 ] [ 編集 ]
ミツコさん、こんにちは。
施設や病院に入所中の老人の多くが「自分の家に戻りたい、家で死にたい」とおっしゃるそうです。ただし、自宅へ戻っても受け入れ体制がなく身内もいないとなれば、臨終ぎりぎりまで自宅で過ごすことはかなり難しいと考えざるをえないでしょう。最後まで看取ってくださる在宅医療の専門医やスタッフにめぐりあえる僥倖も運次第ってところがありますし……。
いずれ一人になる可能性の高い私たちは、なるべく早めに、ちゃんと判断力があるうちに「終わり方」の心づもりをしておかなといけないのでしょうね。考えたとおりになるかどうかは別としても。

介護に関しては私なんてすごくらくをしている方です。実の親だけで、しかも同居もしていないのですから。
ミツコさんの方がうんと神経を使われたことでしょう。
今はしんどいなりにパターン化された介護生活を送っている実家ですが、父の病状がさらに進んだ時に在宅で看れるかどうかも含めてまた転換期がくると思っています。
中島さんの本、おススメです。(^_^) 
[ 2015/08/24 17:17 ] [ 編集 ]
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