遠くのこだま

日々のあれこれ写真日記

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浄土への渡海


益田勝実の仕事〈2〉火山列島の思想・歌語りの世界・夢の浮橋再説 ほか (ちくま学芸文庫)益田勝実の仕事〈2〉火山列島の思想・歌語りの世界・夢の浮橋再説 ほか (ちくま学芸文庫)
(2006/02)
益田 勝実

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「火山列島の思想」という題名だけだと地質学とか他の哲学っぽい内容を想像してしまいますが、益田勝実氏は私が国文学科の大学生だった頃よりもっとずっと以前から有名な文学者で、この本でも記紀万葉から中世に至る頃までの日本文学を民俗学はじめさまざまな観点から検証。
学生時代に私叔していた先生に紹介されて、当時かなり背伸びして青息吐息で読んだおぼえのある論文集です。

毎年雛祭が近づくとテレビや新聞で報道される和歌山・淡島神社の雛流しのニュース。大海原へ漕ぎ出していく雛人形を乗せた船の映像を見るたびに、遠い昔に読んだ益田博士の「フダラク渡りの人々」という研究論文を思い出してはいたのですが、ちくま学芸文庫に収録されたおかげで、長い年月を経てようやく再読の機会を得ました。

「フダラク渡り」とは、古代末期に紀伊半島の南端から観音浄土とされた天竺(インド)のフダラク山をめざして船出していった人々の行為で、主観的な信仰と客観的な自殺意識の関わり合いを探った、とても印象的な読み物なのですが、ここでその内容についての長話は控えます。

読み直してみて、懐かしさと共に新たに感じたのは、昔の人の「責任感と恥の意識の強さ」かな。

源頼朝が下野那須の野で狩りを催した際、旗本の中から手練の射手であった男に、駆け回る大鹿を射るよう下命。
男は命に従って射かけたが矢はそれて鹿を逃し、それを別の武士が仕留めた。
失敗を恥じた男はその場で出家遁世。念仏三昧の年月の後、「目くら船」を仕立ててフダラクへ船出。
「目くら船」とは、何日か分の食べ物や油を持って船の屋形へ入った後、外から釘を打って出入り口をすべて閉ざし、日の光の通さない常夜状態にした船のこと。

射損じというたった一度の、しかも悪意のない失敗を恥じ、すべてを捨てて生涯自分を責め抜き、念仏修行の果てに、最後は自ら舵取りもない暗闇の船で死の航海についた……こういう苛烈な自責の話を、世界に恥をさらしながらも今後もフツーに議員を続けていく元大臣などがいる現代から眺めると、身が引き締まるというより、なにやらその気性の激しさがすさまじく、また気の毒な気もします。(この話は鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』に出ているそうです)

[ 2009/03/22 17:44 ] 読書 | TB(0) | CM(2)
すさまじい・・・
そよこさん こんばんは。

なかなか難しそうなご本ですね。

「フダラク渡り」「目くら船」、どちらも初めて聞きました。
恥というものに対しての意識は、現代の日本人には想像できないほど強いものだったんでしょうね。
それにしても、すさまじい行ですね・・・
そよこさんの仰るとおり、気の毒な気がします。
[ 2009/03/23 18:46 ] [ 編集 ]
ミツコさん、こんばんは
「時には失敗することかてありますやろ?何もそんなに自分を責めんかてよろしいやありませんか」って誰も言ってあげなかったのか……いや、たとえ誰が慰めの言葉をかけても、期待にこたえられなかった自分を赦すことは到底できないという、現代では想像もつかない強烈な矜持と責任感を持った人だったんでしょうかねぇ。
恥の多い人生を歩んでいる私など、命が100くらいあっても足りませんわ(-_-;)

でも、窓や扉を全部打ちつけて、暗闇の中で死を待ちながら、たった一人で海上を漂っていくなんていう死に方は、いかにも孤独で辛い気がしますね。
[ 2009/03/23 20:10 ] [ 編集 ]
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