遠くのこだま

日々のあれこれ写真日記

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初夏の旅⑧ 信濃追分


ちょっと間があきましたが、旅日記の続きです。今日を含めて2回で終わらせます。(>_<)

長野新幹線で1時間10分。軽井沢へやってきました。東京からだと本当に近いですね。
荷物をロッカーに入れて、軽井沢の西端区域にある信濃追分まで足をのばしました。
今回の旅で一番行きたかったところです。



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第3セクター式の「しなの鉄道」で軽井沢から二つ目の信濃追分駅。
緑に包まれた、なんとも風情のある無人駅でした。(GWと夏期だけ有人駅になるそうです)




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短い生涯の終盤に信濃追分を愛した詩人・立原道造の手紙の一部(?)がさりげなくプラットホームに。
「二十七日には待ってゐるよ」って、偶然ですが私たちが訪れたのも5月27日だったので、道造が待っていてくれたようないい気分でした。(笑)






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駅からタクシーで「分去れの碑」が立っている追分宿の西の端まで来ました。
ここは中山道と旧北国街道の分岐点だった場所。江戸時代、いっしょに歩いてきた旅人たちは名残を惜しみながらここで各々の行き先へ分かれていったことでしょう。
真ん中の三角地帯に石碑や道標が立っています。
「さらしなは右 みよしのは左にて 月と花とを追分の宿」 石碑に刻まれた歌がステキですね。
江戸から来た場合、向かって右へ行けば月の名所である更級から越後方面への北国街道。左へ行けば中山道を通って関西方面へ、桜の名所である吉野へ。
分岐点というのが何か感情をざわつかせるのか、ここで立ち止まる文学者も多かったようです。
もちろん堀辰雄や立原道造も。
交通量の多い中山道側は避けて右の旧北国街道を少し歩いてみました。




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分去れの碑から100mも行かないところにシャーロック・ホームズの野外彫刻がひっそり立っています。
帽子にコートにパイプがそれらしい雰囲気ですね。
信濃追分にホームズ像があるのは、翻訳家延原謙氏が信濃追分の油屋旅館の離れでコナン・ドイルのホームズシリーズを翻訳していた縁で1988年(ホームズ生誕100年)にこの地に作られたのだそうです。
旧街道から少し上がった小さな丘のような場所にあり、私たちが行った時にはほかに人影もなく、ぽつぽつ並んでいる馬頭観音や石仏に風が吹きぬける音だけが聴こえるような、静かな緑陰でした。




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分去れから中軽井沢方面への中山道をぶらぶら歩いていた時に、ふと心惹かれて入ってみた泉洞寺。
約400年古刹だそうですが、厳めしい雰囲気はなく観光寺でもなく、入りたい人はどうぞ~とさりげなく開放的な空気が漂っています。
門を入って墓地の方へ出る小道は掘辰雄や立原道造の散歩コースだったようです。
その途中にある如意輪観音の可愛らしい石仏が堀辰雄はお気に入りだったと紹介されていました。
掌を頬に当てている姿から「歯痛地蔵」と呼ばれているそうですが、近寄って顔をよく見ると……うん、これはかなり痛がってますねぇ。数年前の親知らずの疼きを思い出しました。(笑)





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追分は鄙びた感じではあるのですが、観光で来る人のために主な道路は整備されているし道標も見やすくて便利です。
旧街道沿いの資料館や古い宿場町の雰囲気を思い起こさせる建物を眺めながら散歩しました。
お昼はやっぱりお蕎麦。地元でも人気店らしく早めの時間から賑わっていました。美味しかったですよ。(*^。^*)
別荘地なので至る所で見かける緑の小道も作り込み過ぎず、見苦しくない程度に整えて自然のままの雰囲気を壊していないのがいいなと思いました。





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信濃追分は思い描いていた通りのステキなところでした。
駅のプラットホームから浅間山が見えるのですが、今回は残念ながら雲がかかっていてぼやけていました。
いつかまた、くっきりと見える秋か冬にでも再訪したいです。
(5月27日)



[ 2013/06/17 14:15 ] | TB(0) | CM(0)
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