遠くのこだま

日々のあれこれ写真日記

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父帰る


タイトル、菊池寛ではありません。(笑)

今週半ば、父が退院して41日ぶりに自宅へ戻りました。
年末に緊急入院した時には五分五分(←命の危険)と言われていたことを思い返すと、よくここまで回復したと思います。
本人自身、もう二度と自宅には戻れないと覚悟して入院したそうで、帰宅して居間のテレビの前の指定席にどか~んと腰を下ろした時には「やっぱりこの椅子はいい」とご満悦で、すっかりリラックスしているようです。

ただ、自力ではできなくなったことも増えていますし(それでも介護パンツをはいて、歩行器でなんとかトイレまで歩いて行くので助かります(>∀<)、すべてに「とろみ」をつけなければならなくなった食事の準備がたいへんで、母と妹がしんどいだろうなと心配になります。
手伝い帰省、今月は再来週くらいの予定で調整中。飲みこみやすい食事の工夫を紹介している本を買いました。


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父の歩行器。左は屋外用、右が屋内用。
可能な限り「自分の足」で動いた方がリハビリになるので、退院前にケアマネさんが準備してくれていた車椅子は使わずに持って帰ってもらいました。




回復のきざし


大阪の自宅に戻っています。

父の容態、帰省一日目の先週火曜日はあまりよくないなと思いましたが、後で振り返ると一番悪かったのがその日で、日を追うごとに回復してきているのがわかりました。少なくとも悪化はしていません。
肺炎も軽度になり、午前と午後2回リハビリに連れ出されていました。

今週から食事内容を替えたり、リハビリを強化したりして様子を見ながら自宅へ戻す時期の目途をつけるとのことでした。
父の食事は固形物なしのペースト食と栄養補給のための超高カロリーゼリー。そして点滴。水分にはすべて「とろみ」がつけられていて普通のお茶や水がまだ飲めません。
点滴を外して今日からワンランク固形食寄りというか、形がわかるものに少しずつ近づけていくようです。

家族は午後2時からの面会で特に何をするでもないのですが、4時ごろに家へ帰ってくるとまずコーヒーを淹れて甘い物を食べて一息つかずにはいられません。病棟の空気に浸った後の独特の疲労感。(^_^;)
それでも父が退院して戻ったら、今までよりもっと介護がたいへんになることは間違いないので、妹も「今だけ神様からもらった休息時間」と夜は自分の時間を過ごせています。

毎日の病院通いの疲れを甘い物で癒した後は、女三人の夕食支度。
昨日は妹、今日は母、明日は私と日替わりでメインのおかずを作ったり、というようなこともあり、ちょっと楽しい時間でした。 
夜、私は父の部屋の、コビトが夜中にかさを拭きに来るという父の幻視に出てくる電灯の下で熟睡したので、父が戻ってきてまたその幻を見たら「コビトに会うたんやけど、忙しいから当分掃除には来られへんて言うてたよ」とでも伝えておこうかな。(笑)
次回は退院の前後にまた一週間くらいの予定で帰省します。


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写真は実家の庭の万両。

実家から戻って


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実家の庭で紅葉していたドウダンツツジ。この三ヶ月の定点観測です。
いつも12月の前半はまだ赤い葉がかなり残っていたはずなのですが、今年はやはり冬が早い……と言うか、初冬期が例年よりずっと寒かったってことでしょうか。


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実家から戻って間もない今日、久しぶりに京都で妹と忘年会を兼ねた(?)ランチ。
野菜がおいしいフレンチのお店で、1時間半貸切状態だったのでゆっくり食事を楽しめましたが、他に誰一人お客が来ないお店というのも居心地がいいのか悪いのか……(^_^;)、お料理はおいしかったので、もう少し人気があってもいいのにと思いました。それともたまたま今日だけだったのかな。



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今回は私が父のお腹にインスリン注射をしました。(怖いので一度だけ^^;)
人体…(いや、おそらく生物全般)の体に針を突き刺すのは本当に恐ろしいです。
妹は、慣れたら平気と言っていましたが、私にはすごいプレッシャ-。
でも、針を刺すときにふと父の顔を見ると、両目をぎゅーっと閉じて歯を食いしばるような表情をしていました。
恐怖で固まっている。(^_^;)
そりゃあ父も怖いでしょう。「え?どうすんの?これ。あ、間違って押したわ。あー、インスリンお腹にこぼれた!」なんてパニクってる私が針を持って迫ってくるのですから。(笑)
来月どうしようかなぁ。ほんとは練習した方がいいのですが、怖いなぁ。




さて、またまた寒~い週末。
今回は選挙がありますが、票を投じたい候補者がいなくて困っています。
選挙戦もなんだかあまり盛り上がっていない感じですが、これでいいのでしょうかねぇ。

生まれた町で


暑い時期はサボッていた実家の手伝いを今月から再開しました。

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台風一過で素晴らしい秋晴れだった火曜日。
琵琶湖の水鏡も澄んできれいでした。ハイスピードで走る新快速電車の窓越し撮影画像なのでブレブレですが。(^_^;)
大阪の自宅を8時台の後半に出てきて、途中京都で買物せずに琵琶湖線に乗り換えて草津まで。
自宅を出る前に植木の世話やごみの始末など細かいことをいろいろこなしてくると、滋賀へ到着するのはどうしてもこのくらいの時間になってしまいます。
駅の改札を出てすぐに近鉄百貨店へ。夕食担当は私なのでその分の買物をします。



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群馬県の温泉と同じ名前ですが、滋賀の草津は東海道の宿場町。
中山道へ分岐もしている場所だったので草津本陣の宿帳には浅野内匠頭、吉良上野介など歴史上の人物名がけっこう載っています。幕末では和宮様とかシーボルト、土方歳三や斉藤一など新選組隊士も♪
街の中には古~い構えの家も、まだ残っています。
駅前からまっすぐに伸びる新しい道路が便利でいいのですが、私は遠回りでも昔の宿場町の雰囲気を残す古い道を通ることが多いです。子供の頃のことを思い出せるなつかしい風景が残っているから。
小汐井神社の鳥居。七五三はここだったなーとかネ。
銭湯「桜湯」がまだある。家のお風呂が壊れた時に初めて連れてこられた銭湯でした。
外ではかちかちに緊張する幼児だった私は湯船の中でオシッコ……(←ああぁ…最低(T_T)
「なんで、なんでオシッコしたいって言えへんのぉぉぉーーーー?」と悲鳴のような母の叱声をまだおぼえています。ごめんなさい、桜湯さん。(^_^;)(^_^;)



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デパ地下で妹と待ち合わせをしておやつのケーキを選びました。
夏の間は食べたいとも思わなかったモンブランが秋になると恋しい。
フランス産の栗ベースでラム酒入りの方と和栗の方、どっち食べる?と聞かれて思わず「脳みそ」と答えると、妹も「脳みそ」と言いました。姉妹なので感性が似通っているのでしょう。


破砕ゴミ収集日に合わせて妹が準備していた大量の古い植木鉢を水曜の朝に捨てました。
その後温室へ移動。古い鉢植えはまだたんまりと残っていました。
植えたのは両親ですが、中には祖母が作ったんじゃないかと思われるサボテン類も。
年取るともう世話もせず植えっぱなしの放りっぱなし。ほとんど枯死してミイラ化したような鉢植えばかり置きっぱなしにしています。
どうして体が動く六十代七十代のうちにもう少し片づけておいてくれなかったのかと妹とグチをこぼしましたが、今となっては私たちがやるしかありません。少しずつ台車にのせて敷地の裏へ運び、枯れ果てた植物と土を抜いてほぼ全部処分。翌日腰痛。
これからも続くだろう先代・先々代の後始末、なかなか手ごわそうです。(笑)


大笑い


最近、妹は長年整理されていなかった(何が入っているのかさえわからなくなっていた)実家の物入れを少しずつ開けて、不用品を捨てているそうです。
半月ほど前の整理の途中で思いもかけない古い物が出てきたと言っていたので、一昨日実家へ手伝いに行った時に見せてもらいました。
今から45年前、私と妹が小学生だった時に二人で母の誕生日に渡した手紙で、母が捨てずにしまっておいて、年月の経過とともにそのままになっていたようです。


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「おかあさまへ」という宛書にまず吹きだしました。(≧▽≦)
いったいどんな深層の令嬢なんでしょう。(笑)
当時の田舎の子にしてはハイカラな「ママパパ」で育ったのは事実ですが、「お手紙を書いてわたすんだ」ということで気負っていたのでしょうか。(^_^;)
この字は小学1年生の妹の字で、まだ小さな字が書けなかったのか中の文章も全部このくらいの大きさで書いてありました。


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「ママ おたんじょうびおめでとう。
ママは38さいになるのでしたね。
わたしは、ママが大大大大大大大すきです ママながいきをしてね。
だってもうママはかぞえで39さいですものね。
では ながいきをしてね」

プレゼントは折紙で作った兜だったみたい。

それにしても文面からは、38、39歳くらいがとても遠い年上の年齢と認識されていることが伺えます。
十代までの子どもにとってはそういうものだったんでしょうねぇ。
今なら30代なんて若い若い~~て思いますけれど。(^_^;)


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これは私が書いたのだとすぐわかりました。
絵に添えられた文章が左から右に向かって行書きされているから。私はまだこの頃左利きが直っていなくてよく反対方向に書いていました。
当時、少女向けのマンガではこういう目が流行っていましたよね。西谷祥子さんふう。
目と首の幅がほぼ等しい。(笑)



糖尿病の重度が進んで今や失明の危機にある父のことを始め、厳しい現実に対処していかなくてはならない日々ではありますが、母と妹と三人で幼い手紙を見ながらひとしきり笑いました。

何十年ぶりかで日の目を見た手紙、母はあらためて自分の引き出しにしまい込みました。


家を片づける


実家から戻ってきました。
雨の予報だったけれど、外を歩いている時はちょうど止んでいる間ばかりで、傘を使わなくてすみました。

今回は大型ゴミ収集に出す物を二階から下ろしたり、収集場所近くまで運んだりする用事がありました。
冬服の時にはそう目立たなかった妹の激痩せぶり、薄着の季節に見てあらためて驚きました。
特に体調が悪いわけではなく、一旦痩せたらなかなか元に戻らなくなってしまったと言っていましたが、本当に大丈夫かと不安になるほどでした。
そんな彼女が一人で重い粗大ゴミを動かせるわけがなく、両親はもちろん全くあてにできないので、あまり役に立たない私でも今回は少し助けになれてよかった。

愕然とするくらい古い昭和の荷物を「捨てる必要はない」「いつか使うかも」などと放置してきた両親。今となっては片づける体力はもちろん気力すら皆無。
妹が整理を始めるとあまり機嫌がよくないみたいです。大きく立ちはだかるのは「思い出」という壁。
一週間くらい前の新聞に親の家を片づける時のアドバイスが出ていましたが、妹もそれを参考に「捨てる」と言うのをやめて「減らそう」という言葉を使っているようでした。


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火曜は訪問看護士さんが父をお風呂に入れてくれる日。
湯舟に入れなくなってからは、つかまり立ちがしやすいこの椅子に座ってシャワーです。

実家の庭で紫陽花の前に咲くカルミア。雨に濡れて色鮮やかでした。

3から4へ


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父が介護施設のデイサービスを受けるのは一週間に一日、木曜だけです。
先日帰省した17日がちょうど当日で、「カエル飛ばし」というゲームをしてきたみたいです。
父の説明によると、カエルのおもちゃを壁に引っかけてあるカゴへ投げ入れて点数を競うゲームだそうで、腕や肩の筋力を維持するための運動なのだと思います。父はたまたま難しい場所にかかっているカゴに入れることができて高得点を取ったとまんざらでもなさそうに話していました。
こうやって一ヶ月のランチ献立表も配布されるので、昼と重ならないメニューで夕食を作りました。
来週は「春野菜の炒め物、サケのクリーム煮、きゅうりと麩の酢和え」って書いてます。おいしそうですね。

父、この春の介護認定で一段階上がって「要介護4」になりました。

見た目はあまり変化が感じられないんですが、幻覚は相変わらずで、私が実家へ泊った日の翌朝は、夜中にネズミが指をかじりに来たと言ってました。電灯を拭き掃除にやって来る小人も毎日。小さな虫も家具にびっしり貼りついているのが見えるとか……。真夜中の父の寝室は賑やかなんだろうなぁ。(^_^;)
幻視の疲れからか、朝起きるのがかなり億劫みたいです。



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妹が買ってきてくれたタルトでお茶を。
理学療法士さんに父を任せている間に二階におやつを持って上って、母と妹と三人で食べました。(笑)
もちろん父にも後であげましたが。
父の体重>妹の体重+母の体重……。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


お彼岸の雪


今週二度目の滋賀。
今日は夫先祖のお墓参りに行きました。

天気が悪かったので本当は明日か明後日の方が行きやすかったのですが、行事は先に済ませて三連休をゆっくり楽しみたいと言う夫の気持ちもわかるので、悪天候と知りつつあえて霊園へ出発。



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春のお彼岸の延暦寺霊園でこんなに雪が降っているのを見るのは初めて。
社務所の前から見た墓地側の写真ですが、うちのお墓に行くにはもっと上まで上らなくてはならないし、買おうと思っていたお供えの花も風雪を避けて社務所の建物の中へしまい込まれていました。
そのうち霙まじりの雪は横殴りに吹きつけはじめ、墓地まで行けずに待機する人たちで社務所も満員に。
結局霊園まで行きながら墓参を断念して、代わりに合同供養に参列。読経に手を合わせてから霊園の送迎バスに乗って帰途につきました。
春になりそうでならない弥生の気まぐれな空、ですね。



滋賀へ帰省


今月も実家へ。
父はけっこうまともなことを話しているので、時々認知症だということを忘れそうになります。
でもやっぱり幻視は治らないみたい。
自分の顔やおでこをパチンパチンと叩いているので、どうしたのだろうと思ったら、蚊を払いどけているとのこと。まだ蚊は出ていないよと言っても父には実際に飛んでいる蚊の姿が見えていて刺される感覚があるようなので仕方がありません。
最近は毎日夜中に母か妹が父の寝室のドアを開けて中をのぞいていると感じているそうです。(実際は二人ともそんなことしていません)
のぞいているのが家族以外の人間や恐ろしい動物などに見え出すとパニックを起こすだろうから、今後もなるべく家族やおとなしい小動物だけが見えるといいのですが。

母は鬱症状がひどかった一年前よりだいぶ回復して、珍しく私たちといっしょにケーキを食べました。
妹とはスマホを並べて、あーでもないこーでもないと機械音痴ぶりを発揮しながら、私がこちらへ戻るまでになんとかLINEの無料電話ができるようになりました。




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世話をする人がいなくても毎年花をつける実家の馬酔木と蕾が大きくなっている椿。

実家へ


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滋賀の実家へ行ってきました。
草津駅。ここから京都の高校・大学・勤め先へ毎日通いました。
何十年も経っているけれど、駅舎はあまり変わっていません。



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いつももう少し早く到着したいと思うのですが、泊りがけということになると大阪の自宅の細かい用事をすませてから出発するので、どうしてもこのくらいの時間になってしまします。
介護と家事手伝いに毎月一度帰省するようになって、故郷に対しては今のところ「なつかしい」という気持ちではなく定期便で「通う場所」になりつつあります。

家族が増えなかった実家では元の自分の部屋があいているのでそこで寝て、朝トントントン・・・と階段を下りていくと、母には私がまだ家にいた頃の雰囲気が甦るのか、「お嫁に出した気がしない」などと三年前に銀婚が過ぎている私に向かって申します。(^_^;)

父のレビー小体型認知症による夜中の幻視、最初の頃は対象が虫や小動物が多かったのですが、このごろは人間が見えるようです。毎晩父の寝室の電灯の笠を複数の小人が拭きに来ているとか、妹が夜中に父の部屋のドアを開けてじっと部屋の中を見ているだとか……逆らって言い負かしても後味が悪いだけなので「へぇ、そうなの?」と普通に聞き流しておきます。(笑)
母は体重が36㎏。妹が41㎏。二人ともせめてあと4㎏は戻さないと。
私の腹肉を惜しみなく分けてあげたいのに。 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

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